日本国憲法万歳


最高の憲法を断固として守る
by homura2Y
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2007年 01月 09日 ( 2 )


たすけあい党 新年声明

 あれこれ考えるのに、2007年は日本版アルジャジーラ放送局を建設し、日本人民大衆に世直し世の立替の意気を鼓吹し続けねばなりません。ただの一局でも良いから我々の運動のプロパガンダ塔を打ち立ち上げねばなりません。イスラムでできていることがどうして日本でできないのか、それを反省せねばなりません。各党派、支持者が共同戦線で支えれば運営できるはずです。日本版アルジャジーラ放送局創始を阻む法の壁があるなら、それを突破せねばなりません。

 各派の意見の違いは喧々諤々の討議によって処理すればよい、さしあたり為さねばならぬことをしなければ道が拓けないと考えます。これがあれば、我々は生き甲斐を持てます。マスコミの影響力の大きさを考えると、日本左派運動は、遅まきながらでもそういう能力を獲得せねばならないと考えます。このままでは余りにも幼稚で自滅させられるでせう。我々の眼の黒いうちにせめて、これをやり遂げようではありませんか。

 北海道夕張市の財政破綻の悲劇は残酷です。今や、この国の統治者は、ネオ・シオニストの顔色を伺い、命ぜられるままに大枚の大判小判を海外には放出する癖に、国内の地方自治体の破産には馬耳東風の如くです。夕張予備軍が目白押しで事態は猶予なら無いところまで来ております。思い返せば、中曽根政権時の国鉄民営化に反対したハト派の総帥・田中角栄は、あのロッキード渦中で痛めつけられながらも、これだけは云わなければならないと次のように予見していました。民営化路線を推し進めれば早晩北海道が破産を免れない、これまでの開発投資が無駄になってしまう、目先の利潤を追うことが却って取り返しのつかない不経済になると。あれから25年過ぎその通りになって参りました。夕張で狼煙した地方自治体破産は2007年更に続き、列島各地を襲うでせう。我が支配階級は手前達の私利私腹を肥やすことに忙しく、北朝鮮問題に殊のほか執心して有事論を先行させて居りますが、内治的な有事にはその対応能力を喪失しているのがお笑いです。

 今やこの国の権力者どもは、イザナギ景気を超える未曾有の好景気といつ果てるとも分からない大本営景気をプロパガンダしております。その煙幕に隠れて戦後体制の改革と云う名目での改悪に狂奔しています。戦後の法秩序が自縄自縛しつつあり、法的整合性を失いつつあります。これも国家危機の進行とみなすべきでせう。

 この間、民営化音頭の下で、基幹産業と優良企業の殆どが外資の軍門に落ちつつあります。今後は地域の外資売り事態まで予想され、まもなく外資系租界が現れるかも知れません。その連中は昨年、日本再建上虎の子の郵貯資金を外資の手に委ねることを国策としました。それら全ての請負師が中曽根政権以来のタカ派系売国奴どもです。国家財政は、小渕-森-小泉-安部政権下でますます悪化しております。彼らはどう見ても、国債累積の天文学的過重債務の重圧に対する処方箋を持っておりません。今や国会議事堂は無能力者の巣窟であります。今年の毎日新聞社説によれば世界一を目指せということですが、妙なところで張り切っているようです。

 この連中は、靖国神社参拝で愛国を気取りながら、その裏で売国的施策に狂奔すると云う共通項があります。小泉はそれを露骨に演じました。政権末期の外遊時にはわざわざイスラエルを訪問し、彼らの聖地をユダヤ帽被って彼らの宗教的儀式に則り参拝するという本性さえ見せました。本来即退陣の愚挙の筈ですが、政界は与野党問わず未だノーコメントのままです。これは恐ろしい痴態です。この国の政治家が与野党問わず如何に深く国際金融資本ユダヤに飼われているかを物語っていると考えるべきでせう。

 事はさほどに今や政財官学報の五者機関が丸ごとネオ・シオニストの息のかかった者達で占められています。身も心もユダヤに委ね、手前達だけが良ければ良いとする劣悪資質の連中を社会上層部にのさばらせているこの不幸を如何せんか。これが2007年度の政治課題となります。この仕組みに打ち勝つには、既成の党派は余りにも無力であります。左派新党、新左派運動の創出が期待される所以です。どうぞ懐の深い人民大衆運動を目指しませう。

 さしあたりは、2007夏の参院選が注目されます。今更選挙でどうなるものではありませんが、一縷の望みを繋ぎたいと思います。その際の最低限の戦略は、民主党-国民新党を核とする護憲派を当選させることでせう。社民党は余りにも弱小過ぎる政党になっており、長年の永田町政治の病膏肓に陥っており、自力更生能力を失っております。責任与党政治を旨とする民主党-国民新党を核とする護憲派支援に向かうことが賢明で、そうしなければ更に凋落する以外に無いでせう。

 日共は相変わらず独善的に立ち回り、結果的に自公体制に裏から協力することになるでせう。この党中央に説教することは、魚を取りに山へ、栗を拾いに海へ行く愚でせう。この党中央は名ばかりの共産党で、実体は左派潰しの為に飼われた極悪反動保守系分子の寄せ集めになっております。我が党は全く相手にしません。相手にするような自称左派政党がいるとすれば見識を疑います。

 それにしても、叶う事なら日本左派運動の各党派は独自に候補を立て、共同戦線でこれを後押しすべきでせう。それなりの党派がマニフェストを掲げ、左派運動全体に協力支援を仰ぐべきです。立候補に意味があるのではありません。それは日共式対応であり、自公を有利にするだけのことです。何としてでも勝てる戦略を採り、地方区での護憲政党支援、一人でも二人でも全国比例区での当選を目指すべきでせう。至極当然のこの戦略さえ打ち立てられない日本左派運動の貧困を呪え。我が党は然るべき左派系候補が出れば支援を惜しみません。

 あれこれ情勢分析するのに、2007年度の国民生活は更なる厳しさを増すでせう。待ったなしの増税路線が待ち受けており、日本人民大衆の生活力の弱い環は棄民化されるでせう。他方で、米英ユ同盟の対日戦略はますます露骨化し、彼らの戦略に沿った資金と人員の提供を強制することになるでせう。老人、子供、負債者の自殺と棄民化がますます進むことになるでせう。

 中小零細企業の経営環境も然りで切捨てられる運命にあります。戦後保守本流ハト派は培養政策を採りましたが、売国奴系タカ派は残酷無残に切り捨てようとしております。ハト派とタカ派の違いは思想理念のみならず、政治経済文化の舵取りに根源的な対立があります。我々はこれを見て取るべきです。通り一遍の政府自民党万年批判は百害あって一利無しです。中小零細企業の経営者も今や政治に目覚めるべきです。政府はますます戦争政策に向かおうとしております。現下政府の政策は戦争政策関連事業に利益をもたらせますが、平和あっての事業に生計する企業は冷や飯を食らい続けさせられます。これらの事業従事者は業の存亡を賭けて、平和と内治優先政策の採用を政府に迫るべきです。

 この時代、局面によって暴動的事態が発生することも予見できます。そうすることによってしか政治主張できない状況になりつつあるからです。あれこれの法規制が更に増え、次第に窮屈な社会に入りつつありますが、抑えればいつか暴発するのが道理です。我が党は、暴徒に正義があれば聞き分け致します。その頭脳になりたいと考えます。歴史はそのようにして創られてきたというのは政治のイロハです。日本人民大衆は久しく怒りを忘れている気がしてなりません。穏和従順の良い面もあり、それは日本人民大衆の習い性となっておりますが、政治がそこそこに機能している時にのみ許される道徳であり、のべつくまなくな従順は美徳とは云えません。今日の局面では怒らないと政治が良くなりません。

 思えば、日本は、近代史上、米英ユ同盟の植民地の歯牙から抜け出ることのできた稀有の誉れの国です。それは、政治を与る上の者も下の者も、日本と云う国を大事に育み、そこに住まう民族が相互にたすけあいしてきたからではないでせうか。先人がそのように培った伝統を今我々の世代で潰してはなりません。生活上の私利私益を図るのは良いでせう。しかし公的精神を弁えてその範囲で為さねば何の意味も無いことに気づくべきです。この道理が分からない為政者は放逐すべきです。

 以上、たすけあい党の新春のメッセージと致します。

 2007.1.1日 たすけあい党 党首れんだいこ
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by homura2Y | 2007-01-09 22:42 | 政治と社会

たすけあい党 新年声明

れんだいこのかんてら時評248 れんだいこ 2007/01/04
 【2007.1.1たすけあい党、謹賀新年声明】

 謹賀新年おめでとうございます。2007年の抱負を述べたいと思います。

 昨年一番残念なことは、戦後日本の体制危機がより深化し爬行しているにも拘らず、日本左派運動が引き続き低迷したことにあります。個別的にはそれなりに取り組んでいるのでせうが、うねりにはなりません。日本左派運動はもはやこれまでなのだろうか、そういう暗澹とした一年になってしまいました。これまでのような左派運動なら沈没しようが停滞しようが一向に構わないのですが、やはり闘う砦は要ります。日本左派運動そのものは埋没してはなるまい。そう考えております。

 その要因ははっきりしています。日本左派運動が、その隊列の中に紛れ込んで来た反革命に長い間やられてしまっていることにあります。彼らの反革命は当局に陰に陽に支援されており、その分厄介ではあります。問題は、日本左派運動が総体としてこのことを認識し得ていないことにより、紛い者の口舌と運動を跳ね返す力を持たないことにあります。

 少し考えれば分かることです。本来、権力に対して弱い方の人民大衆運動は猫の手でも借りてのたすけあいによってしか前進しません。思想と云うものは見立てと云うものは幾通りもある訳だから、そのどれが正しいかを容易には判定できない訳だから、最低限「左派の心を持つ」者同士が共同戦線運動の観点に立てば良いのです。穏和系と急進系は一見対立しているようであっても、深部では案外役割分担できるたすけあい関係にあります。穏和系と急進系の差は、ある種気質の差、事情の差によって分岐しているのであって、対立しながらも提携している関係にあると考えるべきです。そこにむしろ知恵がある訳です。歴史上勝利した闘争は全てここがうまく機能しております。世間を狭くする「排除の論理」や「他党派解体運動」は百害あっても一利もありません。

 このことに気づくべきですが、日本左派運動はこれまで一貫してこの自明なことを分別せず、互いが互いを排斥することで己の正しさを証してきました。そういう余りにもな宗派的な独善主義が左派運動全体に悪影響を与えております。穏和系と急進系がそのように対立するのならまだしも、穏和系の内部が同様に然りであり、急進系の内部がこれまた同様に然りです。余りにも馬鹿げているこの現実は何に因るのか原因を尋ねねばなりません。

 少し考えれば分かることです。なるほど各党派がお山の大将式に手前味噌な能書きを喧伝するのは自由です。組織の自閉化は良くありませんが、党員が民主集中性なる言い回しでのその実党中央集中制でしかないトップダウン制のものを良しとするならそれも勝手でせう。しかし、党と運動のそういう在り方が自然にもたらされていると考えるのは思慮が足りない。当局の誘導によりそのように仕向けられている面もあるのではないでせうか。ここを考えて見なければならないと思います。

 つまり、我々は、戦前同様に当局の敷いた狡智に負けており、諸党派の指導者が漫然と当局の狡智に乗る形で陰的指導をしているのではないでせうか。その種のタコツボ的運動からの脱却が求められていると考えます。運動上のそういう悪習と理論的貧困が相俟って、日本左派運動は低迷し続けていると考えます。

 思えば、戦後日本左派運動史を客観的に評すれば、1945.8.15日の戦後直後から1947.2.1ゼネスト時までが最大ピークで、1949年時の社共合同による政権奪取運動までが次のピークで、その破産により戦後革命の波は流産して以来、次第に影響力を減じて今日に至っております。こう捉えるべきです。

 最悪なことは、50年代初頭に日共内部で政変が発生したことです。それまで指導してきた徳球-伊藤律系が北京に追いやられ、野坂-宮顕のスパイ集団により日共党中央が簒奪されました。曲がりなりにも左翼船を漕いでいた徳球-伊藤律系党中央に比して、野坂-宮顕系党中央になるや、今日に至るまで「左派に位置しながら左派運動潰しを本旨にする変態運動」を繰り広げております。彼らは権力に立ち向かう時は穏和になり、権力に立ち向かう者を批判する時は超過激になるという構図はお笑いです。このことを確認せねばなりません。

 残念ながら、徳球-伊藤律系運動を最悪として罵倒する知識人ばかりがその後の左派運動を牛耳ってしまいました。そういう訳で、日本左派運動の観点は大きく捩れており、本当に明晰な左派は居りません。今に至るまで日共に代わる左派政党が出ないのはこの辺りにも原因があると考えます。ここに日本左派運動の歪みと不幸があると考えます。

 以来、闘う者は、正面の敵のみならず、裏面と横腹からの変態敵をも引き受けながら進まざるを得なくなりました。しかし、この程度の困難はどこにでもあるものでせう。この仕掛けを打ち破れないまま今日に至っていることを痛苦に反省せねばなりません。とはいえ、60年安保闘争では昂揚を見せました。残念ながらこの時既に政権狙いの観点が喪失されており、単なる政権批判運動、ないしは掛け声だけの体制打倒運動に堕していました。運動そのものが次第に矮小化していったことが分かります。それでもよく闘ったのが60年安保闘争で、唯一左派運動が時の政権打倒を勝ち取った栄誉を歴史を刻んでおります。主として第一次ブントが牽引しましたが、まさに天晴れと云うべきです。この認識もなかなか共有できておりません。

 60年安保闘争後、第一次ブントは自身の切り開いた運動に自信が持てず内部分解しました。しかし、60年安保闘争の功績は着床します。戦後タカ派の盟主であった岸を首相の座から引き摺り下ろしたことにより、以来タカ派は中曽根の登場まで雌伏させられることになりました。それに代わって、政府自民党内には、世界史上珍しい在地型社会主義性を併せ持つハト派政権を誕生させ、中曽根政権の登場まで以来20数年にわたって政府自民党を牽引することになりました。池田の高度経済成長政策は奏功し、日本は未曾有の発展期に入りました。それに応じるかのように左派運動は低迷期に入ります。体制批判一辺倒の左派運動は未だに池田政権の功を見る眼を持っておらず、それが字面の経文読みしかできない左派の能力の限界と申せます。

 60年代後半に入ってベトナム反戦運動が始まり内外問わず呼応しました。丁度その頃、高度経済成長政策の綻びが各所で生まれ始めており、これら諸要因に呼応して、丁度団塊の世代が青春を迎えており、この世代が遂に全共闘と云う日本左派運動史上初の共同戦線運動を創出しました。当時の全共闘八派こそ日本左派運動を担える資格者であると思います。但し、この時も既に、政権狙いの観点を喪失した負の構図のままの単なる反体制運動に堕しており、そのことが最大の欠陥でした。最終的には過激な闘争の競り合いによる各派の誇示運動に堕してしまいましたが、この時の経験は貴重だと考えます。その運動も70年代までがピークで、以降は次第に痩せ細ってしまいました。以来今日まで、左派はいないかの如くの地平まで堕しております。

 この間、書店から左派運動系書籍が姿を消しており、これを痛苦と受け止める感性も萎えています。テレビ電波では御用派のコメンテーターが朝から晩まで提灯報道し続けています。左派がいないままのその空間に彼らの弁舌のみが流されており、日本人民大衆は判断する暇もなく丸め込まれております。そういう訳で、日本人民大衆は、生活に苦吟しながらも、拠るべき党派を見出せぬまま逼塞させられており、この間次第に愚民化させられております。この不幸を苦衷に感ずる力が我々にあるのだろうか。そこが問われているように思います。
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by homura2Y | 2007-01-09 22:38 | 政治と社会